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京都地方裁判所 平成4年(行ウ)29号 判決

原告

京都仏教会

右代表者理事長

有馬頼底

(ほか一一名)

右原告ら訴訟代理人弁護士

樺島正法

右同

仲田隆明

被告

京都市長 田邊朋之

京都市建築主事 山本茂

右被告ら訴訟代理人弁護士

崎間昌一郎

主文

一  原告らの本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  原告一ないし一二の請求

1  被告京都市長(以下、被告市長という)が、平成三年二月一四日付第八号でした建築基準法五九条の二第一項に基づく許可処分(以下、本件許可処分という)を取り消す。

2  被告京都市建築主事(以下、被告主事という)が、平成三年七月二三日付第九一中〇一八五号でした建築基準法第六条三項に基づく建築確認処分(以下、本件確認処分という)を取り消す。

二  原告一ないし九の請求

被告市長が、昭和六三年八月一七日付第三八六六号でした京都市建築基準法施行細則(平成元年七月一日京都市規則三九号による改正前のものをいう、以下同じ)一二条一項の規定に基づく道路廃止指定処分(以下、本件道路廃止処分という)を取り消す。

第二  事案の概要

一  請求の類型(訴訟物)

本件は、原告らが、被告らのした本件各処分には、裁量権の濫用の違法があるとして、その取消を求める抗告訴訟である。

二  前提事実及び争いがない事実

1  原告一(京都仏教会)について

原告一は、京都府下の八〇〇を越す寺院で構成され、教団、宗派を越えた唯一の仏教伝導者の地域的連絡機関として、京都府における仏教文化の発展と普及、歴史的環境の保護を目指し、社会に貢献することを目的として、昭和六〇年四月一日に設立された法人格なき社団である(〔証拠略〕)。

したがって、原告一は、権利能力なき社団として行政事件訴訟法七条、民事訴訟法四六条により当事者能力を有する。

2  原告二ないし一二(各寺院)について(争いがない)

原告八を除く原告二ないし一二は、京都市内に本堂、伽藍、庭園等の宗教施設を有して宗教活動を行っている宗教法人である。

3  京都市総合設計制度取扱要領の存在(争いがない)

(一) 京都市は、建築基準法五九条の二第一項を受けて、京都市総合設計制度取扱要領(以下、本件要領という)を定めている(昭和六三年四月一日施行)。同要領の第3総合設計制度適用の基本要件1には、次のとおり、総合設計制度の適用を受けるための要件が、同第7高さ制限の制限緩和基準には、高さ制限緩和の内容が記載されている。

(二) 第3 総合設計制度の基本要件

総合設計制度の適用を受ける建築計画は、次に掲げる要件を備えなければならない。

1  計画敷地が次に掲げる地域又は区域にあること。

設計敷地が、市街化区域のうち、第2種住居専用地域、住居地域、近隣商業地域、商業地域及び準工業地域並びにその他特に市長が認めた地域にあること。ただし、当該計画敷地が京都市風致地区条例の規定による風致地区内にある場合(同条例による許可を得た場合を除く。)又は市長が当該計画敷地の周辺の状況等により本制度を適用することが適当でないとする場合には認めない。

(三) 第7 高さ制限の制限緩和基準

第3で定める基本要件の全てを満足する建築計画については、次に掲げる基準による限度の範囲で高さの制限を緩和する。ただし、古都の景観を保全又は市街地の環境に対して支障が生じると認める場合は、上記の規定にかかわらず緩和しない。

4  本件各処分の存在など(争いがない)

(一) 被告市長は、昭和六三年八月一七日、同日付第三八六六号をもって、京都市建築基準法施行細則一二条一項に基づき本件道路廃止処分を行った。

その上で、京都市は、訴外株式会社京都ホテルに対し、交換の名目で右道路部分の土地を提供した。

(二) 被告市長は、京都ホテルが別紙建築計画の概要欄記載のホテル(以下、本件計画ホテルという)を建築するにあたり、平成三年二月一四日、同日付第八号をもって、本来は四五メートルの高さ制限があるところ、建築基準法五九条の二第一項のいわゆる総合設計制度に基き、右制限を緩和し、高さ六〇メートル(塔屋部分を含めると六八メートル)の建築物を建てることを認める本件許可処分をした。

(三) 被告主事は、平成三年七月二三日、同日付第九一中〇一八五号をもって、本件計画ホテルの建築について、建築基準法六条三項に基づく本件確認処分をした。

5  審査請求及び裁決(争いがない)

(一) 原告ないし一二は、本件許可処分及び本件確認処分について、平成三年四月一〇日及び同月一二日、京都市建築審査会に審査請求をし、同審査会は同請求を平成四年六月一七日付でいずれも却下した。

(二) 原告一ないし九は、本件道路廃止処分について、平成三年五月二日、右審査会に審査請求し、同審査会は同請求を平成四年六月一七日付で却下した。

三  争点

1  原告適格の有無。

2  審査請求前置の要件の充足。

3  本件各処分の違法性(裁量権の濫用の有無)。

四  争点の主張

1  原告適格について

(一) 原告らの主張

(1) 原告適格と宗教活動の自由

京都は、西暦七九四年に平安遷都が行われて以来、堂々と築かれてきた町で、第二次世界大戦の戦禍も免れた日本の文化と歴史を伝える町であり、世界に誇るべき町である。この町は三方を山に囲まれ、歴史的寺院が山々に連なり、また、町中にも歴史的建築物が点在している。すなわち、京都の町は中央に御所があり、遠くには比叡の山を見、東山連峰が連なり、北は北山の山々、そして西山の連峰、鴨川と桂川に囲まれ、東山の山裾には修学院離宮、詩仙堂、銀閣寺、法念院、永観堂、南禅寺、青蓮院、知恩院、泉涌寺、東福寺と名刹が続く。このような環境の中にあって個々の寺院、個々の史跡が全体として歴史的環境を形作っている。このように町全体が歴史的、文化的遺産にほかならない。

原告らの各寺院は、京都市内に本堂、伽藍、庭園等の宗教施設を有して、宗教活動を行っている宗教法人である。各寺院は千年の王城の地である京都を訪れる日本人及び世界各地からの多数の人々の訪問、参拝を受ける形での宗教活動を行っている。その宗教活動は、本堂、伽藍、庭園とそれと一体不可分をなす京都の景観を中心に行われている。それ故に、高層ビルが林立し、それによって原告らの各寺院から眺望した京都市街の景観が害されること自体、右の如き形態において宗教活動を行っている原告らの宗教活動の権利(憲法二〇条一項)に対する侵害である。

そして、建築基準法一条によれば、同法律は、建築物の敷地、構造設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図ることを目的としている。したがって、同法は、同法に基づく建築物の建築の許可、確認等が市民、国民の権利を直接に侵害することがあることは当然の前提としている。かかる建築基準法の法意と、原告らは宗教活動の自由という憲法上保障された基本的人権が侵害されることに鑑みれば、原告らの本件各訴えは認められるべきである。

(2) 原告適格と文化財享有権、歴史的文化環境権

原告らの各寺院は、右のとおり、右歴史的文化的環境と渾然一体として存立し続け、その宗教活動を行っていくことに極めて重大な関心を持たざるをえない。したがって、原告らは、右宗教的、文化的遺産が保持されることに密接な利害関係を有しており、宗教的、文化的遺産を破壊、侵害する者から宗教的、文化的遺産を守る権利として文化財享有権、歴史的文化環境権(景観権)を有する。

すなわち、文化財享有権は、文化財、文化遺産に関する学問の自由及び教育権の実質的保障にも連なり、憲法二三条、二六条、一三条、二五条及び文化財保護法から導き出される権利である。

また、歴史的文化環境権(景観権)は、憲法二五条が快適な生活を求めるための権利(環境権)も保障していることから導き出される権利である。

一般的には、当事者適格を基礎付ける権利、利益は、個別的具体的な利益でなければならない。しかし、環境問題はその性質上、一定地域の、場合によっては地球規模の不特定多数人に密接な関係を有するものであるから、環境問題訴訟の当事者適格は広く解すべきである。

そうであるなら、文化財享有権、歴史的文化環境権が侵害される原告らには、本件各訴えを提起する原告適格がある。

(二) 被告らの主張

行政庁の処分に対し取消の訴えを提起できる者は、法律上保護された利益を有する者に限られる。そして、本件各処分の根拠である建築基準法は、直接的には公共の利益の増進維持を目的とし、加えて、建築物等の近隣居住者の日照、騒音、採光、通風、衛生、防災等の生活環境の保全等の個人的利益をも保障する。ところが、原告らは右ら利益の侵害を主張するものではなく、宗教活動の自由、文化財享有権、歴史的文化環境権(景観権)の侵害を主張する。これらの利益は、およそ建築基準法によって保護される近隣居住者の個人的利益には含まれず、原告らに原告適格はない。

2  審査請求前置について

(一) 原告らの主張

本件許可処分、本件確認処分及び本件道路廃止処分の取消訴訟は、建築基準法九六条により建築審査会の裁決を経た後でなければ処分取消の訴訟を提起できない。前示のとおり、京都市建築審査会は、原告らの審査請求をいずれも却下した。その理由は、原告らの本件許可処分及び本件確認処分に係る審査請求は、原告らが審査請求人適格を有しないとし、本件道路廃止処分に係る審査請求は、行政不服審査法一四条に定める審査請求期間を徒過したものであるというものである。

しかし、審査請求人適格が原告らにないというのは、前示1のとおり、原告らは宗教活動の自由、文化財享有権、歴史的文化環境権を侵害されており、その前提において理由がない。

また、本件道路廃止処分の審査請求期間徒過には正当な理由がある。原告らにとって、本件道路廃止処分が、京都ホテルという一私企業の利益だけのために行われた違法な処分だと知りえたのは平成三年二月一四日の本件許可処分後のことであった。しかも、その時点でも原告らは京都ホテルの建築計画の内容を明確に知りえなかった。原告らは、本件道路廃止処分が違法であることを知ってから速やかに本件審査請求をしたもので、原告らの同請求には正当な理由がある。

したがって、審査請求前置の要件を充足している。

(二) 被告らの主張

京都市建築審査会が、前示のとおり原告らの審査請求をいずれも却下したことには理由がある。

すなわち、本件許可処分及び本件確認処分に係る審査請求において、原告らが主張した審査請求人の権利、利益等はいずれも建築基準法が個別的具体的に保護しているものではないからである。

また、本件道路廃止処分の審査請求は、平成三年五月二日にされている。しかし、同処分は昭和六三年八月一七日にされ、同年一〇月一三日付京都市公報第三四四四号により告示され(京都市告示第一七〇号)、京都市民に周知されている。そうだとすれば、審査請求期間の徒過後の右審査請求には、正当な理由がなく、右審査請求は不適法である。

したがって、本件各訴えの提起は、審査請求前置の要件を欠く。

3  本件各処分の違法性

(一) 原告らの主張

(1) 本件許可処分の違法性

〈1〉 被告市長は、建築基準法五九条の二第一項を受けて定められた本件要領に基づき同条項の許可をしなければならない。本件要領は、右許可を与えるときの限界を示すものであり、同要領に反する処分は、裁量権の濫用として違法である。そして、右要領には前示第二の二の前提事実3のとおりの規定があり、市長が当該計画敷地の周辺の状況等により本制度を適用することが適当でないとする場合には総合設計制度の適用を受ける建築計画ができない。また、古都の景観の保全又は市街地の環境に対して支障が生じると認める場合は建築物の高さ制限の緩和をできない。ところで、本件許可処分により本件計画ホテルが建築されれば、京都の歴史的文化的景観が害される蓋然性が高い。そうであれば、右要領からして被告市長は本件許可をすべきではなく、本件許可処分は、右要領に反し裁量権を濫用した違法な処分である。

〈2〉 本件許可処分により高さ六〇メートルの本件計画ホテルの建築が可能となった。そして、これによって原告らの各寺院から眺望した京都市街の景観が害されることになるから、京都の景観と一体不可分になっている原告らの宗教活動も害されることになる。

したがって、本件許可処分は原告らの宗教活動の権利(憲法二〇条一項)を侵害する違法な処分である。

〈3〉 右のとおり、本件許可処分により高さ六〇メートルの本件計画ホテルが建築されると、京都の町全体が形作っている歴史的文化的な景観が害される。その結果、原告らの前示文化財享有権、歴史的文化環境権(景観権)が害される。

したがって、本件許可処分は原告らの文化財享有権、歴史的文化環境権(景観権)を侵害する違法な処分である。

(2) 本件確認処分の違法性

本件確認処分は、本件許可処分の適法性を前提としている。前提となる本件許可処分が違法である以上、右確認処分も違法である。

(3) 本件道路廃止処分の違法性

〈1〉 本件道路廃止処分も、本件許可処分によって総合設計制度が適法に採り入れられることを前提としているから、本件許可処分が違法である以上、本件道路廃止処分も違法である。

〈2〉 京都市民にとって重要な道路を京都ホテルという一私企業の利益のためのみに廃道とした本件道路廃止処分は違法である。すなわち、本件道路廃止処分の対象道路は、京都ホテル所有地を東西に分断していた道路であり、京都ホテルにとっては不都合な道路であった。そうしたところ、本件道路廃止処分及び同土地の京都ホテルへの所有権譲渡により、京都ホテルは、分断されていた自社地を一区画の土地として利用でき、本件計画ホテルの建築も可能になった。しかしながら、右道路は、京都市内の中心部を東西にはしる御池通と押小路通を南北に結んで通り抜けられる道路であって、緊急自動車も通行する京都市民にとって重要な道路であった。

したがって、本件道路廃止処分には裁量権の濫用があり違法である。

(二) 被告らの主張

(1) 本件許可処分及び本件道路廃止処分に裁量権の濫用はない。

(2) 本件許可処分と本件確認処分、本件道路廃止処分とは、いずれも別個独立した処分であり、その違法性は関連させて判断されるものではない。

第三  当裁判所の判断

一  原告適格について(争点1)

1  行政処分取消の訴えは、当該処分の取消を求めるにつき法律上の利益を有する者に限り提起することができる(行政事件訴訟法九条)。この法律上の利益を有する者とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれがあり、その取消によってこれを回復すべき法律上の私益をもつ者に限られる。この法律上保護されている利益とは、当該処分を定めた行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益である。もっとも、右行政法規が、不特定多数の具体的利益をもっぱら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の具体的利益としても保護すべきものとする趣旨を含む場合には、このような利益をも含む。それは、行政法規が他の目的、とくに公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果たまたま一定の者が受けることになる反射的利益ないし事実上の利益とは異なる(最判昭和五三・三・一四民集三二巻二号二一一頁、最判平成一・二・一七民集四三巻二号五六頁参照)。

2  そこで、原告らが、本件各処分の根拠法規により法律上保護された利益を有するかにつき検討する。

(一) 本件許可処分について

本件許可処分は、建築基準法五九条の二第一項の規定に基づくものである。同条のいわゆる総合設計制度は、一定規模以上の公開空地及び敷地面積を有する建築物の計画に対し、特定行政庁の許可を要件として、法による一般的規制を緩和し、もって市街地の環境の整備改善に資する良好な建築計画を有するものの建築を促進させようとする制度である。

そして、原告らは、「京都市都市計画高度地区の変更」(昭和五四・三・二、京都市告示一九七)及び前示本件要領により、建築基準法五八条及び都市計画法(一条、八条二項二号ニ、九条一四項)の都市計画に基づく高度地区の高さ制限を緩和した本件許可処分の取消を求めている。ところで、右建築基準法及び都市計画法に規定されている市町村のなす高度地区の制限は、無秩序な都市の建築、開発を阻止するため、用途地域内における建築物の高さに関し、一定の基準を定立して、高度地区という一定の地域につき一般的に定められたものであり、不特定多数人に対し地域全体の美観、良好な環境を抽象的に維持することを目的とする。すなわち、右高度地区の制限は、地域全体の美観、良好な環境を保護するものではあるが、それを同地区ないし近隣居住者個々人の個別具体的な利益として保護しているものではなく、不特定多数人に対する一般的抽象的な利益として保護するにすぎない。

もとより、前示のとおり、当該法規が、一般公益を保護する目的であったとしても、それと併せて特定の者の個人的利益をも、右公益の中に包摂ないし吸収解消されない具体的個別的な利益として保護している場合には、特定個人に原告適格を認めることができる。しかしながら、高度地区に関する諸規定(建築基準法五八条及び都市計画法(一条、八条二項二号ニ、九条一四項))は、きわめて抽象的な規定を置くにとどまり、一般公益に吸収、解消されない近隣住民の具体的個別的利益を保護していることは解されない。

したがって、高さ制限を緩和した本件許可処分につき、特定の個人がその取消を訴求する原告適格はなく、原告らに原告適格は認められない。

原告らに本訴で主張する権利、利益が仮にあるとしても、原告らは近隣居住者でもなく、それは、建築基準法及び都市計画法の規定の適正な執行運用によって得られる反射的利益もしくは事実上の利益にすぎない。

(二) 本件確認処分について

建築基準法は、建築主が建築物を建築しようとする場合には、建築主事の確認を受けなければならないとする建築確認の規定を置いている(同法六条)。この建築確認の趣旨は、直接的には、健全な建築秩序を確保し、一般的な火災等危険の防止、生活環境の保全等という公共の利益の維持増進にあることは、同法一条から明らかである。そして、この場合における公共の利益とは、具体的な、近隣居住者等の日照、通風、採光、住居の静ひつ、防災及び衛生といった生活利益を離れては考えられない。また、建築基準法を通覧すれば、同法は個人の個別具体的な右生活利益の保護を前提としている。そこで、同法により建築主事のなす建築確認処分も、右生活利益の保護の見地からされるのが相当である。

そうすると、近隣居住者等の右生活利益が、個別的具体的な利益として同法の当該規定により法律上保護されていると認められる。したがって、原告として建築確認処分の取消を訴求するには、近隣居住者等として右生活利益の侵害を主張するものでなければ原告適格を有しない。

本訴において原告らが侵害されたと主張する権利、利益は、宗教活動の自由、文化財享有権及び歴史的文化環境権である。原告らが主張するこれらの権利、利益のうち、文化財享有権、歴史的文化環境権が法律上認められるかについても疑問があり、法律上の権利として未成熟でにわかに肯定できないが、仮にこれを認めたとしても、原告が主張するこれらの権利、利益の内容は、結局特定の地域において宗教活動及び文化活動をする際の地域全体の環境ないしは景観の保全から得られる反射的利益ないし事実上の利益にすぎない。これは、近隣居住者等の日照、通風、採光、住居の静ひつ、防災及び衛生といった個別的具体的な生活利益とは異質のものである。このような反射的利益ないし事実上の利益をもって原告適格の基礎となる法律上保護された利益ということはできない。しかも、建築基準法には、これらの宗教活動及び文化活動から派生する権利、利益を個別的具体的に保護することを前提とした規定もなく、同権利、利益が、同法において建築確認処分に制約を課して保樟しようとした個別的具体的な利益に当たらないことは明らかである。

よって、その他に法律上保護された利益を有することの主張がなく、近隣居住者ですらない原告らに、本件確認処分取消の原告適格を認める余地はない。

(三) 本件道路廃止処分

本件道路廃止処分は、直接には京都市建築基準法施行細則に基づくところ、同細則は建築基準法における道路と建築制限に関する諸規定(同法四二条ないし四五条)を受けて制定されたものである。そして、建築基準法の右諸規定は、道路と建築物の敷地との関係において、避難、防災、安全、交通、衛生等の近隣居住者等の生活利益に支障が生じないようにし、これによって、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、公共の福祉を増進させようとするものである(同法一条)。これは、個々の住民の具体的な通行の利益を保護するものではなく、不特定多数人の通行などの右生活利益を一般的抽象的に保護するものと解されるから、個々人が一般公衆の一人として道路を自由に通行できるという利益は、道路が供用開始されたことによる反射的利益に過ぎず、個々人がこれにつき法律上保護された利益を有するものではない。京都市建築基準法施行細則一二条一項に基づく市道廃止の指定処分も、これをめぐり一般公衆個々人の通行の利益が法律上保護されているものではない。もっとも、当該道路がほとんど唯一の通行手段である近隣居住者等が道路の廃止により各方面への通行が妨げられるなどその生活に著しい支障が生ずるような特段の事情がある場合は、これを法律上保護された利益を侵害されたとみて原告適格を認める余地はある(最判昭和六二・二・二四判時一二八四号五六頁参照)。

しかしながら、原告らは前示(二)のとおり、宗教活動の自由、文化財享有権及び歴史的文化環境権の侵害を主張するにすぎない。原告らは、近隣居住者でもなく原告らの主張する右の権利、利益は、建築基準法の道路と建築制限に関する諸規定が一般的に保護する近隣居住者等の生活利益にも当たらない。さらに、原告らの所有地は、本件道路廃止部分に接しておらず、原告らに右の特段の事情があるとの主張、立証がない。

したがって、原告らに本件道路廃止処分取消の原告適格を認めることはできない。

二  結論

以上のとおり、本件訴えは、原告らに原告適格の欠ける不適法な訴えであるから、その余の判断をするまでもなく不適法である。よっていずれもこれを却下する。

(裁判長裁判官 吉川義春 裁判官 中村隆次 遠藤浩太郎)

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